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マーケティング AI ブランディング

AIの「馬力」問題―― 価値を感じるベネフィットとは

Eddie Marklew | エディ マークリュー
Eddie Marklew | エディ マークリュー
「ちょっと面白い海外視点」を紹介するコラム、Global Mindへようこそ。異なる文化やビジネス環境から、新しいヒントや競争力につながる普段と違うインサイトをお届けします。

以前も紹介してるイギリスの広告マン、ローリー・サザーランドがAIについて最近話してて面白いと思った一言:「AIには『馬力』の問題がある」

能力の話をしてるわけではない。

―――

産業革命の時代に遡ります。

ジェームズ・ワットという発明家が、鉱山の経営者たちに蒸気機関を売り込もうとしていた話。当時、鉱山では馬を交代で働かせ、水を汲み上げる作業をしていました。ワットはその作業に対して自慢の蒸気機関がいかに優れているかをせっせと説明するものの、なかなか売れない。

「蒸気圧が~」、「機械の構造が~」。鉱山主からしたらそんな事言われても何のこっちゃわけわからん、と。良くわからん高額な機械を入れて今の労働力を総とっかえって言われても「いや、うちは今間に合ってるんで」と。

そこでワットは今の労働の要となってた原動力を見て、売り方を変えてみた。

「この蒸気機関は、馬何頭分の仕事をするのか?」

使おうと思ったのは、Horsepower――馬力です。

馬には餌代がかかるし、厩舎も必要。病気にもなるし、死ぬこともある。機嫌が悪ければ言うことも聞かない。

もちろん機械にもメンテナンスは必要だけど、それでも馬何頭分を置き換えられるかがわかれば、導入するメリットが一気に具体的になるし、馴染んだ表現でわかりやすい。

ワットは機械の性能を変えたのではなく、性能の伝え方を変えたわけです。

サザーランドはこれを「Psychological Bottleneck(心理的なボトルネック)」を「Functional Bottleneck(機能的なボトルネック)」として扱ってしまう問題だと話します。日本のマーケターに馴染みのある言葉で言うと情緒的価値と機能的価値とも言ったりしますね。

技術の問題だと思っていたら、実は人間の心理の問題だった、という話。

Sol、Fable、K3… 何かの呪文?

さて、現代のAIに話を戻します。

2026年10月現在、OpenAIのChatGPTの最新版にはSol、Luna、Astra。AnthropicのClaudeにはFableやOpus。さらに中国発の『オープンウェイトモデル』のKimi K3だとか…。えーっと、ゲームの用語かな?

名称はさておき、モデル同士を比較しようにも、今度は「トークン毎秒」だとか「コンテキストウィンドウ」だとかの技術指標が並びます。当然エンジニアには大事な数字なんでしょうけど、それらが何を意味するか、わかる人はどれくらいいるのでしょう?

そもそもこの手の技術者の話って昔からこのノリです。「ギガヘルツ」だって、何か説明できますか?

「パソコンの処理能力がこう、早いんでしょ」

うん。まぁ…。

とにかくビジネスでAIを使う一般サラリーマンが本当に知りたいのは、もっと単純な話なのかと思います。

「で、このAI、馬何頭分なの?」

別にAIを使って社員を何人クビにしようとかって話ではなく、例えば5人のチームがAIを使うと、実質何が変わるのか?人員が増えた計算になるのか、今までできなかった何かができるようになるのか。このモデルとあのモデル、やれる事はどう違うのか?

そういうことを知りたいわけです。

「危険」をブランドとして置き換える宣伝

サザーランドのこの話はちょっと前から聞いてたんですが、最近のAI業界で面白い動きがはじまっています。海外のAIニュースでやたらと見かける「AIの安全性」に関する公式発表です。

日本でも報道されていますが、海外では特にその存在感が大きい印象。

OpenAIやAnthropicをはじめとするAI企業が、最新モデルについて「能力があまりにも強力なので開発を慎重に進めます」「この技術が悪用されれば深刻な影響を及ぼしかねない」といった発表が続出してます。

ここで、もう一人僕の好きな人物を紹介します。Scott Galloway(スコット・ギャロウェイ)はニューヨーク大学スターン経営大学院のマーケティング教授で、自身も数々のビジネスを立ち上げてきた起業家。テクノロジー業界や大企業に対する、容赦のない毒舌でも知られる人物です。

彼は、このAI企業たちによる「うちのAIは危険なほど凄いんです」というアピールを、たびたび皮肉っています。なんだか、空手を習い始めた子どもが「俺、本気出したらヤバいからな!」と威嚇しているみたい。

でも、これってマーケティング的には結構面白い事に着目したなって思うんです。

もちろん、各社が意図してやっているのかはわからないけども、ただただ技術的なベンチマークを並べても一般人にはピンとこないところ、

「このAI、危険すぎるので取り扱いには細心の注意が必要です」

と言われると、途端にとんでもない代物を手にしている気分になりません?

木刀を渡されたつもりが、実は爆弾だった、みたいな。

AIの能力を数字で理解させることはできなくても「すごいものを手にしている」と感じさせることには成功している。機能ではなく心理に訴えるアプローチ。

ただ、問題はまだ残っています。

「危険なくらい凄いのはわかった。で、何ができるの?」

言い表せないなら、価値ごと変える?

サザーランドに話が戻り、彼はAppleについても、似たような話をしています。

従来の家電メーカーが「この製品で何ができるか」を必死に説明していた一方、Appleの天才的なところは「この製品を使うと、自分はどう感じるか」を売っていたことだ、と。

機能的な価値と、心理的な価値。

AIは「とんでもなく強力なものを使っている」という気分にはさせてくれるものの、それが僕らの仕事や生活をどう変えるのかについては、まだまだ伝え方に課題がありそう。

もっとも、これからAIを使いこなす企業が増えてくれば、各社が自分たちなりの「馬力」を見つけていくのかもしれません。

作家・投資家のTim Ferriss(ティム・フェリス)が、自身のポッドキャストで面白いことを言っていました。

彼の周りの多くの実業家はAIのおかげで、以前の10倍ものプロジェクトをこなせるようになっている。ただ、みんな相変わらず忙しいし、10倍の売上が出ているわけでもない。生産性は上がっているようで、効率という意味では何かがおかしい。

AIの価値もパーソナライズされる時代か

確かに、AIで仕事が10倍速く終わるようになったところで、その分10倍の仕事を詰め込んでいたら、結局忙しさは変わりません。

それって、本当に僕らが求めていたものなのでしょうか?ここに心理的ボトルネックが隠れているのかもしれません。AIの価値を「どれだけ多くの仕事ができるか」ばかりで測っているけれど、本当は「どれだけ自分の時間を取り戻せるか」のほうが大事だったりして?

今までメールの返信に追われていた時間をAIが肩代わりしてくれたおかげで、夕方からウィンドサーフィンを習えるようになったとしたら。それはそれで、ずいぶん魅力的な「馬力」じゃないでしょうか。

いっそのこと、仕事終わりのハッピーアワーに何分早く滑り込めるか、という指標だったら、僕は毎日数字をチェックするんですけどね…!

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