ハイプ・マーケティング(Hype Marketing)は2010年後半から「ハイプ(Hype)」、すなわち流行や瞬発力のある熱狂的な指示を用いたマーケティング手法を意味します。
1990年代後半―― ロンドン
10代だった僕は、実家のリビングでダラダラとテレビを眺めていた。
幼い頃は僕だってぬいぐるみとか好きだったが、10代にもなれば、自分で新しいのを買おうとはさすがに思わない。そんなある日、何となくチャンネルを回していると、寝室いっぱいにぬいぐるみを並べた、いい歳の男が映っていた。
「なんだこの人」
そう思って見ていたら、どうも普通のコレクターではない。買い集めていたのはBeanie Babiesという小さな動物型のぬいぐるみ。当時は凄まじい人気で、一部の商品は二次流通市場で数百ドル、数千ドル、さらには数万ドルという値段で取引されていた。
そんなぬいぐるみで一山あてた投資家だった。
本来は子どものためだったはずの商品を、大人たちが本気で追いかける。当時は「そんな世界もあるんだな」くらいにしか思わなかったが、儲けって色々あるなー、と頭に残った。
2025年初頭―― 台北
南さんと海外出張。
打合せと視察を経て東京へ戻る空港で、いつものようにラウンジでビールでもと向かう途中突然足を止める南。
「Eddie、ちょっとあの店寄ってくるわ。あの人形、今めちゃくちゃ流行ってるんだよ。娘にさ!」
子どものおもちゃか、良いパパは大変だなー。それくらいしか思ってなかった。
ところが東京へ戻ってから、あの人形をやたらと目にするようになった。
しかもいい歳した大人たちがカバンに飾ったりSNSで自慢げに投稿している。
POP MARTのLabubuだった。
Kasing Lungが生み出した「The Monsters」のキャラクター、Labubu。POP MARTがぬいぐるみを製品化して2024年後半から一気に火がつき、2025年には世界的なブームになった。一部の商品は定価の46倍で転売されるほどの熱狂だった。
K-POPスターをはじめに著名人による露出。
限られた供給。
コレクション性のあるバリエーション。
突然のドロップ。
欲しいのに買えない。手に入ればSNS自慢。二次流通の価格高騰、その価格自体が「価値がある」というシグナルになる。それを見て、また別の人が欲しくなる。
ハイプ・マーケティングとしては、実にきれいに回ってた。
これは2025年夏の話。
2026年の夏も終わろうとしている今、最後にLabubuの話を聞いたのは、いつだっただろうか。
この種の熱狂が起きると、ブランド側には一つ腹立たしい問題が生まれる―― 転売屋。
POP MARTが定価で売った商品が、二次流通では数倍、時には数十倍で売られる。ブランドを作ったのも商品を作ったのもLung氏とPOP MARTなのに、希少価値から生まれた利益を第三者が持っていく。
そこでPOP MARTは、Labubuを含むぬいぐるみ商品の生産量を大幅に増強。2024年の月間約300万個から、2025年には約3,000万個へと約10倍に拡大した。
欲しい人が転売屋から高値で買うのではなく、POP MARTから定価で買える。転売市場に流れていた需要も、自分たちで売上にできる。
普通に考えれば、かなり合理的な判断だ。
しかもPOP MARTは、LabubuとThe Monstersを一過性の商品ではなく、長期的なグローバルIPに育てようとしていた。だったら、いつまでも「欲しくても買えない」状態にしておくより、多くの人に持ってもらった方がいい。
少なくとも、理屈は通っている。
そして、生産能力が整った。Labubuが世界中に安定的に店頭に並ぶようになった。
ただし、供給増強が進む一方で、Google上の検索関心はピークアウトしていった。
数値はGoogle検索における相対的な検索関心度を示すもので、販売数量や需要そのものを示すものではありません。
供給増強で価格下落はPOP MARTもわかっていて臨んだことだ。
一方で多くの購入者がキャラクターの人気を裏付けると考えてたのか、価格下落は想定内でも、需要の鈍化までは想定以上だったように見える。2026年上期、THE MONSTERSの売上は前年同期比7.5%減。POP MART自身も通期20%成長目標の達成が難しい可能性を認めている。
入手が容易になったLabubuに、魅力は「どこ」にあるのか?
手に入らないから欲しい。
誰かが持っているから自分も欲しい。
高値で転売が価値を示す。
それを持っていること自体がステータスになる。
希少性自体が需要を作っていた。
このThe MonstersやLabubuには需要を勝るブランド力があったのであろうか。
キャラクターIPなんて、そもそも難しい商売だ。でも、長く生き残っているIPを見てると、大きく分けて二つの道がある。
一つは王道。
この手の商売では日本に勝る国無し、ネズミの王国をも凌駕する。ポケモン、ちいかわ、戦隊もの。まずゲームやアニメ、漫画などのコンテンツから始まるパターン。そこでキャラクターを知り、性格や関係性を知り、好きになり、グッズを求める。
もちろん、「そのコンテンツ自体、結局はグッズを売るためだろ」と言われればその通りだが、ファンを引っ掛けるのはコンテンツだ。 子どもが決め台詞や変身ポーズを覚え始めたら、親の財布はだいたいゲームオーバー。
LabubuにもKasing LungによるThe Monstersの原作はある。ただ、2025年のブームを動かしていたのは本当にそこだっただろうか。
みんな物語について話していたか。次のストーリーを待っていたか。
少なくとも僕の目には、そうは見えなかった。
Labubuを買うこと自体が目的化していた。
バッグにつける。
レア個体を探す。
TikTokで自慢する。
典型的なコンテンツIPなら、
コンテンツを楽しむ → キャラクターを知る → 好きになる → グッズを買う。
Labubuのようなハイプは、
流行を知る → ステータスが生まれる → 持ちたくなる → 買う。
この違いは軽く見てはならない。
LabubuがIPではない、という話ではない。商品としての熱狂が、そのままコンテンツIPとして成立するほどキャラクターへの愛着だったのか。そこはかなり怪しいと思っている。
では、もう一つの道は何か。
僕は、Labubuには実際かなり勝ち目があったと思っている。
マーケティングには、Engineered Scarcity――設計された希少性という方法論がある。永遠に品薄にするわけでもなく、供給を一気に開放するのではない。僕が思うこの道の典型はこうだ。
希少性を商品階層に組み込む。
限定カラーはそこそこレア。
企業コラボアイテムはもっと希少。
そして公式発表してないシークレットタイプや、著名人モデルとなると、本当に欲しい人が血眼になって探す。
一方で定番カラーや福袋方式は一般開放。
このように全員がゲームには参加できるけど、頂点に立つ人はステータスシグナルをまだ出せる。
スニーカー業界が得意なやり方だ。
そして、その間にコンテンツを作る。TikTokやReelsの1分未満。今の製品プロモーションじゃなくて、ストーリーシリーズ化したLabubuがどんな性格なのか、The Monstersに誰がいるのかを少しずつ覚えてもらう。
キャラの輪郭が見えてきたら続けて人気スマホゲームとIPコラボ、ガチャ収益を享受。
ライセンス展開し、広告にも登場させる。
そうやって一般認知にもぼんやりとキャラと性格が浸透していくと、物理的なLabubuを買わなくても、Labubuとの接点がある状態を作り、キャラクターのファンを間接的に作る。
そこまで来てから、供給を広げればいい。
次世代や進化系、IPハウスとして次のコレクションでも良い。
将来的には復刻版とかも展開できる。
もちろん、これも永遠の勝ち戦略じゃない。ハイプには寿命がある。
ただ、希少性によるハイプには一つ便利な側面がある。
時間を買ってくれる。
その時間を使って、熱狂を愛着に変える。そして、その後にスケールする。
POP MARTはLabubuで大成功したし十二分に投資回収はしたであろう。だからこれは単純な「失敗事例」として挙げてるのではないが、実際起こっている展開よりはもう少し延命できたのかもと思わされる一例だったので紹介しました。
売れている。買えない。高値で転売されている。誰もが欲しがっている。
ハイプ・マーケティングは急成長のドライバーには間違いない。
ただしスケールする時にハイプとロイヤルティがどう違うのか、一考したいところ。